生きているだけに
3月ももうすぐ終わるようで。近所の桜は早めに咲いた割には、なかなか散らずに、街道が桜色になる迄には、まだ時間がかかりそうです。散ることを迷っているような、時間のゆっくりさを求めるような、そんな状況と、自分事を重ね合わせてみたりしていました。目的地も何もなく、1時間程歩いて、自分の気持ちの整理をするように、散歩の時間です。
生きていると、迷いって出てきますよ。生きていると。
自分の中の、理性的な男性性と、感覚的な女性性が、今日も頭の中で話し合いの真っ最中で。方向性、多分もう自分の中では合意は取れているかもだけど。行きたい方に進みなさいな、って女性性が優勢。
タイミング、そこが迷いと悩みの中。いつ、どのように。男性性の異議もあり。理性が経験を積んできたからこその、ご意見。それは、未来への不安。
「迷ったときはよ、ロッケンロールな道を行くとおもしれえぞ」
『虹の岬の喫茶店』 森沢明夫著 より引用
もちろんロッケンロールに行きますよ!ってのは、若い時の私。
経済面や諸所諸々の絡みを考えているのが、今の私。
時にはノリと勢いも!ってのが、女性性の私。
生活どうするのよ!ってのが男性性の私。
恨みっこないように、じゃんけんで、、、決められません。
ただ審判をしている、客観的な私は、時期尚早と踏んでます。いずれ、この記事の解決編を出すために、今はまだ。今日はドローゲームで。
故アントニオ猪木氏のスピーチの一節と、その中の一休禅師の言葉を、方位磁石として、今日の脳内ディスカッションは、お開きにしましょう。
「人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に、年老いていくのだと思います。
『この道をゆけばどうなるものか。
危ぶむなかれ。危ぶめば道なし。
踏み出せばその一歩が道となり、その一歩が道となる。
迷わず行けよ、行けばわかるさ。』
ありがとう。」
アントニオ猪木氏、引退スピーチより引用
迷い、悩み、生きていけることを楽しめるメンタルに。そう思う日でした。
お読み頂き、ありがとうございます。