無意識を書き換えると
皆さま、ご無沙汰しております。初めましての方もいらっしゃるかもしれません。
あたくし道助の常軌と狂気の間の存在、裏道助と申します。以後、お見知りおきを。
なぜまたこんな時に出てきたのかと申しますとね、表題を語るのにあたって道助から指名をうけたものでございまして。ちょっと狂気があったほうがよいなんて。そんな時もあるものでございましょう。
さてはて、心とはなんぞや。そんな問いが出てきた時に、どうにもあたくしどもは、心臓の辺りをさして、これが心などと言ったりするわけで。はいはい、ハート。そんな風に思うわけでございます。
さて、御仁。心臓に感情は生まれますかね。そんなことを問われるならば、そんなことなどないと答えるわけで。せいぜい答えるならば、全力で走った後にドキドキが止まらないなどと言うばかり。はたまた、素敵な異性との素敵な時間でドキドキが止まらないなんて、その程度でございましょう。
では、心とは何処。わたくしどもの頭、脳でございますよ。様々なことを感じているのは、頭の捉え方。今日は涼しい、今日は暑い。空腹である。生存本能であったり、防衛本能。あの御仁から攻撃されるのは、避けておきたいなどと思うことも、すべては頭の判断なわけで。
そしてこの頭は、繰り返されることを優先するのでございます。
自分で良かれも、悪しかれも。
あたくしどもの、生活や行動は頭に動かされるわけで。
だからこそ、頭が繰り返そうとすることを見抜いて、それの良し悪しを見極めることをする必要があるわけでございます。知識、直感。様々な点で。
時には行動を変えて、心を制御するなども。
あたくしに言えることは、この程度で。お後がよろしいようです。
お読み頂き、ありがとうございました。
